2023/06/05

ICF共同探究会〜振り返りアウトプット〜

 今夜は

「コアコンピテンシーA.01-1 クライアント、スポンサー、および関連する利害関係者とのやり取りにおいて、個人の真摯さと誠実さを示している」

ICFサンプルクエスチョン②のWORST action

を探究していきました。


前半では、まず「~のやり取り」の部分において、どんな場面が想定できるかを考えました。

問題が発生した時だけでなく、普段の連絡・メールといったやり取りにおいても真摯さと誠実さをもって行動すること。

それぞれの立場の人たちへ、嘘偽りない対応を心掛けることなどが上がりました。

また真摯という言葉のつよさ(「摯」はしっかりつかむの意)から、求められるレベルを想像しました。


後半では、まずWORST actionを選んでみるというところから始めましたが、見事に解答から外れました。

なぜ外れたのかを考え合ってみたところ、前回話題に出たように、「問題文に書いてないことは選択しない」であったり、「褒めるという行為は、コーチとクライアントの立場から考えるといかがなものだろうか」といったことについて話し合いました。


併せて、なぜ他の選択肢が選ばれないのかを検討したところ、

「問題文から"推定される"選択肢はキケン」「クライアントではなく、コーチがテーマを決めてしまっている」などといった点が良くないのでは、という学びを得ました。


また最後に、英語版のUdemyの講座でICF監修の模擬試験があるとの情報をいただきました。解答解説もあるとのことなので、あとでチェックしてみたいなと思います。


今夜もおつかれさまでした。


次回、7月3日の第6回共同探究会は

PCCマーカー/コンピテンシー2 コーチングマインドを体現している

サンプルクエスチョン③ BESTアクションを考える

です。


2023/05/01

ICF共同探究会〜振り返りアウトプット〜

 今夜は

①倫理規定前書き「ICF倫理規定は以下のようにICFの品位と世界標準のコーチングの専門性を維持しています」「ICFコアバリューと倫理原則に沿った行動基準の設定」の部分と、

②Credentialing Exam2問目のGood Actionについて

探究しました。


前半ではまず、「品位」について考えました。

品位を辞書でひくと「心の高さ」と定義されるように、ICFの心の高さはどんなものだろう?どんな状態だろう?ということを考えながら、口にだして言語化しました。


また「世界標準のコーチングの専門性」とは?という問いに対し、世界の価値観や人間性の違いを考えたり、コーチングの専門性とは?という切り口からも考察しました。

そしてそれを維持するとはなにか。

みなさんならどんなことが浮かぶでしょうか?



そして後半はCredentialing Examの例題練習です。

今回も、「日本語訳から文章を理解する」という課題を感じつつ、各人学びの場で得たことをシェアしあいました。


①問題文・選択文を深読みしすぎない。

②丁寧に読む。しっかり立ち止まって落とし込んでいく。

③一つ一つのコンピテンシー紹介動画をよく理解する。

④英語文と日本語文を切り替えながら、把握していく。


そんな戦略もわかち合いました。


次回 6月5日(月)は

前半:コアコンピテンシー01-1「クライアント、スポンサー、および関連する利害関係者とのやり取りにおいて、個人の真摯さと誠実さを示している」

後半:Credentialing Examサンプルクエスチョン②の考察を引き続き行います。


今夜もお疲れ様でした。


2023/04/03

ICF共同探究会〜振り返りアウトプット〜

 今夜の探究会は

①PCCマーカー コンピテンシー1「倫理に基づいたコーチングを実践している」

②新資格認定試験サンプルクエスチョン1のWorst action

探究しました。


PCCマーカーの文章は、

コーチングのすべてのレベルにおいて、ICFの倫理規定とその適用に精通していることが求められます。PCCに合格する者は、倫理規定に沿ったコーチングを実践し、コーチとしての役割に一貫性を保ち続けます。」

とあります。


その中から「コーチとしての役割とは?」という点を探究しました。

口語でコーチの役割を説明する一方で、「ビジネス的に」コーチの役割を説明するとどうなる?という問いに対して、


・目標達成を促進する

・モチベーションの向上と拡大


など、端的にメリットを伝えるという説明方法がありますね、といった話があがり、

あらためてコーチの役割を口にすることの練習ができました。


また、新資格認定試験サンプルクエスチョン1では、

選択肢を選ぶ際、「優れた回答ではないが、○番ほどコンピテンシーに反していない」という選択思考があることなどを共有しました。

似たような選択肢の中から、コンピテンシーに明文化されていること、深読みしすぎないこと、比較してより当てはまるもの、そんな項目を選んでいくんだろうなという学び合いをしました。


次回は前半は、倫理規定前書き「ICF倫理規定は以下のようにICFの品位と世界基準のコーチングの専門性を維持しています。」の部分、

後半は資格試験例題2の考察を行います。


今夜もお疲れ様でした。


2023/03/06

ICF共同探究会〜振り返りアウトプット〜

今夜の探究会は

①コアコンピテンシー 「A.基盤を整備する 01.倫理に基づいた行動をしていることを示している」の定義

②新資格認定試験サンプルクエスチョン1のBest action

探究しました。


コーチングの倫理とあるべき基準を理解するために、改めて「コーチングとカウンセリング、メンタリング等との違い」や「コーチングってどう説明する?」といったことも言葉にし合いました。


また、新資格認定試験の方は、

問いを回答していくには、やはり規定やコンピテンシーの読み込みが必要になっていくこと。日本語訳の曖昧さ。倫理規定やコンピテンシーのどの項目についての問題になっているのか、など

対策方法や取り組み方などをみんなで確認し合いました。


次回も本日同様、前半は規定類、後半は資格試験の考察とします。

お疲れ様でした。


2023/01/22

選ぶこと

地球と生き物の暮らしを考えたとき

一体何から手をつければいいのか

わからなくなるような埋没感を

感じてしまうときがある


地球の存続が必要な道筋なのか

消費する中での変化の経験なのか

全ては夢の中で粒のひとつなのか


今目の前で起こっていることと

個の今を生きることとは

本当に自らの世界だけなこと

なのだろうか


この選択が運ぶ先と

この今の現実が

経験させたいものはなんだろうか


ぼくから見える今の世界は

一方で

削り消費されている

日本でいえば

命に近いことが離され

支配されてしまっている


山 水 植物 空気 土 栄養

知恵 治癒 意識 時間

感覚 想像 喜び 幸せ


数量と心理の応用で

いとも簡単に流れていく


一方で

個の全うを目指している

意識 思考 魂


それらは共存するのか

現実化するのか

はたまた幻なのか


反面

日々は心地よいことで

散りばめられている


口にするもの 猫の毛ざわり

心に触れる会話 あたたかな陽射し

想うこころ 吸い込む風


.


なぜ

命に関わることを大切にできない

世界が広がっていっていると

思ってしまうのだろうか


なぜみんな

命と命に近いことへ

大切にエネルギーを使って

いきづらくなっているんだろう


それがヒトなのか

それが経験なのか


じゃあ自分は何を経験するの?

何をキャッチできて

何を選んでいけるの?


たぶんまだ大元がある

そこに気づいていなくて

指針が上っ面なのかもしれない


身体を養うもの

 取り入れるもの 巡らせること


心を養うもの

 体感と直感と思考

 思考も要すると思う


死生観

 命を取り込んで生きながらえる

 という事実

 死の捉え方と争う思考との調和


.


無常と快適の交叉点はあるのか


破壊と想像 生と死 無常と遺伝

そうか

そのすべてがあるから 現実がある


.

何かのための命ではなく

命のための時間にしたい

はじまりは 己からしか生めない


いったいこの地球上には

何個の命があるのだろうか

そしてこの宇宙 はたまた

宇宙と呼ばれている領域には

いったい何個の粒が

存在しているのだろうか


それだけのものか

なければいけなかったのか

それだけのものがあっても

よかったのか


それらが

繋がったり離れたりしながら

何かになったりならなかったり

しているんだろうか


わたし これと繋がってみました

こんなんなりました

なるほどなるほど

じゃあこっちは?

なるほどなるほど


あ 時間のようです

じゃあ一旦終わります


またよろしくどうぞ


そんなことを

数えきれないほどやっている

中のひとつひとつなんだろうか


.


それならばぼくができるのは

いま 選ぶことだ


あぁ 結局またここに辿り着くのか


己が 選ぶこと


命のための時間になることを


なるべくね ちょっとずつでも

ここがまたひとつのスタート


.


結局 あたりまえのようなことを

なぞっただけかもしれない


それでも

この目の前の世界が


ヒトや自然や各種である前の

生き物である前の

原子分子である前の

エネルギーである前の


その意味に気づいた上で


エネルギーであり

原子分子であり

生き物であり

自然であり

人である


その命のための時間を

選んでいく


身 心 感 繋


気づこう

知ろう

対話しよう


そして

選び 繋がろう


.


#リフレクションジャーナル #新月

2022/09/19

『石油】

かなり多くの、日本ではほとんどの人が関係を持っているのではないかと思う資源。


プラスチック、電気、ガソリン、直接は使っていなくても、

魚を獲るための船の燃料、オーガニック製品をつくるための機械を動かす電気をつくる火力発電の燃料、各地の有機野菜を届けるためのトラックの燃料、ログハウスを建てるために伐採するための道具の燃料。鶏肉の飼料を運ぶ船の燃料。ペットのごはんのパッケージ。このスマホ。


もはや、「普通に」暮らしていて、関わらないところがないように思われる。

自分を含め世の大人たち。その建前は、真を通しているのだろうか。


インテリアの仕事についていた時も、照明の仕事をしている今も、電気に少し近い関わりをしている。

どうしたらより良く電気と関わっていけるのか。

時に行き詰まり、時に忘れ、時に流されながら、この問いを抱えている。


まだ見えていない真実からは想像できないが、

この石油はいわば "過去の遺産" 。

みんな、遺産を消費しながら暮らしている。


石油というものを再生産できないのであれば、使った分だけ消えていく。地球の中にある資源とエネルギーを消費していっている。


だから、消費した分、もしくはそれ以上の、地球が回復するようにしていくことが必要なんだと思う。この星で、じぶんたちが健やかに生きるためにも、未来の子たちが安心して暮らしていくためにも。


循環。


いつか

石油がなくなったとき、わたしたちは存在を維持していけるのか。その人生の主導権を、他者に明け渡してはいないだろうか。


それには様々な測りがあると思う。すべては繋がっていて、切り口やスタートラインの問題だから。


仮に定説通り、石油が過去の生き物の遺骸であり、それを地球が変化させたものであるとするならば、

受け取っているのは存在しているものからのエネルギーであり、それは愛と呼ばれるものかもしれない。


その愛をどう意識して受け取るのか。そしてどう活かすのか。何に費やすのか。どれだけ、受け取っていることを感じるのか。


地球が回復する方法。

ぼくは、すべての存在が、自らを大切にすることから始まると思う。そしてその為に、己を知ることが必要になる。


.


電気が反応し、生じる光。

人はいわゆる発光をすることはないが、光を目から受け、利用していく生き物だ。

目以外への作用ももちろんあるが、そこから影響されることが多くある。

それは身体的にも精神的にも、活用している。生体リズムに影響し、心理作用にも影響する。


.


『その影響力を、他者に明け渡していないか』


.


煌々とした光に囚われていないか。眩しい画面にリズムを委ねていないか。夜という闇の必要性を考えているか。


石油というエネルギーとどんな意識で関わるのか。

ぼくはそこに灯りという切り口で関わり、小さな灯りから己を知ることへ繋がり、この生きている土壌と地球へと廻っていきたいと今は思う。


石油という粒子が電気に変わる。

電気という状態が、光を生む。

光という要素を利用して、灯りに置き換える。

灯りという要素を通して、心身に響きを発する。

心身の響く要素を知って、共振共鳴が起きる。

共振共鳴をつよくして、そのエネルギーを広げる。

そのエネルギーが広がって、調和を生む。

調和が生まれて、生きものと地球と和する。

生きものと地球と和すれば、生きやすくなる。

生きやすくなれば、楽になる。

楽になれば、豊かに暮らせる。

豊かさを感じられたら、幸せだと思う。

その幸せは、粒子となって己に再び取り込まれ、巡り、またすべてとつながっていくのだろう。


.


道のりは長いように思えていて、今世でどこまで辿り着くのかわからないけど、

今在るものを活かし、いまできることをやっていく。

熱意と許可

 先日通っている整体で、

「作家としての熱意が足りない」とことばをもらった。

「作品には熱意がこもっているのはとてもよくわかる。だからわたしも買わせてもらったのだし。でも、伝える部分では熱意が足りてないんじゃない?」と。


それを聞いて、思い出したことがあった。

それは中学高校のころから、どこか「自分が考えていることやこれが良いと思っていることは、他人には理解してもらえないんじゃないか。共有はできないんじゃないか。」という考えがあったこと。

そしてそれが心のどこかにまだ存在しているということだ。


そのコンプレックスともいえるものが、自分の感性への自信や勇気、相手へ伝えようという気持ちを萎えさせ、遠慮や控えといった状態にしてしまっているのではないかと。


そういうことが苦手だと思っていた。

でも苦手なだけじゃなく、自分に許可をしていなかったのかもしれない。


ものにはよく込めている自覚はある。自分の感性・哲学・大切だと思うこと・これからの人生・生きる土壌である地球について、人としての関わりについて。

みえるものもみえないものも、自分の考え、経験、感性をもとに注ぎ込んでいる。ものは、それに応えてくれる。


ただそれを人に伝える段階になると、上記のことが生じてくる。

途端に勧めることが億劫になり、自信が減ってしまう。

発信する内容も、幾分良くはなってきているが、23枚ベールにくるみながらやっていたような感覚にすらなった。


熱意。


熱意だけ伝えればいい。


それは解放でもあると感じた。


あぁ、解放してもいいんだと思ったとき、

うれしい気持ちになったのと同時に、

どこかそれを待ち望んでいる自分がいるように感じた。


この命を生きるならば

ぼくは自己を解放してあげたい

十分に発揮してあげたい


そう感じたひとときだった。


だからこれからは、そんな解放をしていきたいと思う。

この投稿すら自分にとってはチャレンジングだ。

どう言動が変わるのか、強調されるのかはまだよくわからない。

人にどう伝わるのか心配を少し感じるが、

でもそれが己であるから、後のことは仕方のないことかもしれない。


許可をだす。熱意や己を解放することに。

ぼくは自分の感覚が好きだし、自分の経験を尊いものだと思っている。

そこから生んだ作品たちは、自分の分身のように愛情が湧く。


己に、己の感覚に、感性に、経験に、思考に、判断に

嘘はつかせたくない。


どこかにそんな気持ちを感じたから、安定の企業を辞め、小さな筏でこぎ出したんだろう。

そうなった。そう受け取ってきた。流れの中から。選んできた。


ちょっとやってみる。

この生命に許可をだそう。

「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」

第4回多摩地域リエゾン会議「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」に参加してきました。 この回は多摩地域内の病院や東京都保健医療局の方々が講演者に並び、地域の医療や行政・教育機関の皆様が集まる会でした。対面では100名近く、オンラインでは500名近くの方が繋がったといいま...