2022/02/04

ことばの多次元

 ことばって

あまり意識していないと
なんだか「2次元的」なかんじがした

本や字幕もそうだけど
音での会話のときもそう

あまり奥行きがなく
あまり質感もなく

表面をするすると
滑り流れ去ってしまう

そのことばの
次元を増やす

ことばの背景だったり
意図
感情
やりとり
反映
などなど

軸を増やせたら
より立体的になって
いろんなことを感じられる

ただの文字に
気持ちの軸をふやすよ

そうすると
相手の想いや
今の感情が
想像できる

ただの文字に
時間の軸をふやすよ

そうすると
ことばが生まれた背景や
未来にどうつながるか
想像できる

3次元
4次元
5次元
6次元

軸がふえるたびに
その関わりが
複雑に
繊細になる

でもその交わる1点を
意図的に選ぶことができたら
どんな世界が在るだろうか

あなただったら
ただの文字に
どんな軸をふやす?

そうしたらそこから
なにが感じられるでしょうか?


2022/02/03

恵方巻と宇宙の法則?

 昨日、恵方巻を食べた。

節分は3日だけど、用があるので先に食べた。

関西出身のパートナーの影響で、
のり巻を時季に食べることはあったが、
手順に則って食べたことはなかった。これまで。

そこで今年は言われている手順にそって食べてみたところ、今更ながらその中身に驚いた。

分解してみる。

【恵方巻の食べ方】
①恵方を向いて食べる
②切らないで1本まるごと食べる
③黙って目を瞑り願いながら食べる
(諸説あり)

【今回やったこと】
①自分たちで恵方巻つくる
②恵方を向く
③願いを思い浮かべる
④目を瞑り1本食べ終わるまで願いを描きながら黙って食べる

【要素の想像〜実際の動き〜】
①お腹が空いた状態で
②良い方向を向き
③食べて心地よく満たされながら
④食べることと願いに集中し
⑤食べ切る

【要素の想像〜観念的なこと〜】
①自らに空をつくり
②良き方向を向き
③自分が心地よい状態になりながら
④満たされる気持ちを感じながら
⑤目の前のことに集中し
⑥自分の願いをありありと描き
⑦やり切る
⑧叶う!?


!!!


なんだか宇宙の法則のような!?


おぉー

いろいろ共通点はあるものだなぁ。


2022/02/02

薄明のヴィーナスベルト

 朝やけや夕やけの

はんたい側にひろがる
薄紅色をしっていますか

薄明のひととき
ちからづよい太陽の対のそらに
淡くそまる空のいろを

ヴィーナスベルトと呼ばれているその空は
やってくる夜をそっとあたためるように
のぼる陽のひかりをそっと受けとめるように
そこにひろがっていた

思いがけず
昨日えらんだ投稿の画像が
まさにそれだった

最近ときどき
朝にあるいている
5時半過ぎに近くの河原まで

冷えこんだ今朝は
綺麗にヴィーナスベルトが
山を染めていた

夕やけはずっと好きであるけど
色みとしてはそんな薄紅色のほうが
ここちよいかもしれない

これだけ空がちかくにあるのに
そんなことに気づいた朝

なんだか不思議で
楽しみが増えたような
朝のさんぽになった

2022/02/01

今月のひとつの振り返りとまとめ。

 今日で1月も終わり。

なんだかんだと思考し続けたひと月。
苦しくもあったけど、
自分とこれからに意識を向けた時間を過ごした。

このひと月を振り返ってみたらどうだろう。
どんな想いがあり、どんな変化があっただろうか。

観念的なものがいろいろ出てきていたなと思う。
それは、これまで自分が感じていたこと、考えていたことを
文字にしてさらすという行為だった。

思い浮かんだままに、手を動かすという練習で、
自分のための言語化であった。

そうしていると、
自分のことを出すことや、それを見られることに対するこわさや見栄が減ってきて、
叫ぶことに楽しさすら
感じることもあったと思う。
これがきっと自分の想いを発したい、伝えてみたいという
気持ちにつながっていった一つのように感じている。

また、自分の得意なスタイルも少し感じ始めた。

ひらがなで綴り、漢字で描く。

けっこう好きなまとめのことばだ。

だれにでもわかるようなひらがなで言葉を綴る。
漢字は一文字一文字が絵のように物語が込められている。

両者が織り交ざったような文章。
そんなことができるのではないかと思った。

そうするためにはことばを
自由に広げ、そぎ落とし、純度を高め、躍らせて、描く。
そんなイメージがある。
それには鍛錬がいるかもなぁという印象だ。

一方で自分のことばと気持ちで遊ぶことも必要だなと感じている。
自分の心に浮かんだことばを、言い回しを、表現を、
文体や順序や常識などにとらわれず、好きに叩き込む時間。
こっちの方が遊んでいるので自由さは感じる。さて、
これがどう影響していくのだろうか。

楽しいと思えることは楽しい。
でも練習して使いこなせる世界も待ち遠しい。

前まではここですぐに、損得やできるできないにつなげていた。
これができたらどうなの?どっちを先にやったらいいの?
より自分らしいのはなんなの?役に立つのはどれなの?と。

でもそこへいくのは急がなくていい。
その後必要になるだろうけど、焦らなくていい。

先がみえることは、時に拙速になる。
大事になる感情を、見逃し置き去りにするかもしれない。
まぁそれをすばやく掴める人もいるだろうが、
そうなりたければ目指すし、そうでなければ運にまかせる。

ぼくはじっくり丁寧に味わうのが好きである。
ひとつのことばを味わい、そこに含まれる感情を感じ、
じぶんの位置と方向を手にしていく。肚に落としていく。

自分の気持ち・直感に気づき、自分の選択ができ、やってみることができる。
自分の気持ち・直感に対する「わたしってこうかも?」の未完了が一旦完了になり、答え合わせができる。
自分の気持ち・直感が、自分から切り離されて眺められる。
そうして自分が見えてきて、納得していける。
納得を感じていけて、自分を満たしていける。
自分が満たされれば、自分を信じることができる。
自信がついて、自分を生きていけるようになっていく。
自分を生きていけるようになれば、それで繋がれる。自分とも他とも。
そこで循環が起こる。共振共鳴が起こる。
その力はさらに増し、より生きやすくなる。楽に、楽しく。

今じぶんはどこにいるのか。
どの段階にいるのか。

気づく。選ぶ。やってみる。いったん完了する。答え合わせをする。
眺める。感じる。満ちる。信じられる。じぶんを生きる。
自他と繋がる。循環する。共振共鳴する。増幅する。より生きやすくなる。
楽に、楽しく。

そんなひとつの順序。

願わくば大いなるものと震え合っていく。
いのちを生み、育み、受け止め、廻す。
それらと影響し合っていく。
そのための感覚を
思い出す。


「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」

第4回多摩地域リエゾン会議「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」に参加してきました。 この回は多摩地域内の病院や東京都保健医療局の方々が講演者に並び、地域の医療や行政・教育機関の皆様が集まる会でした。対面では100名近く、オンラインでは500名近くの方が繋がったといいま...