2022/03/08

ひとつひとつやる

 ぼくの朝の一幕。


ベッドで目を覚ましながらスマホを見る。

リラックスしようとしながら今日の予定を考える。


ごはんを食べながら

掃除をする。

髪を乾かす。

弁当を詰める。


昼の一幕。


ごはんを食べながら動画を聞く。

コーヒーを飲みながら画面をみる。

メールを返しながら製作をする。


夜の一幕。


歯を磨きながら猫と遊ぶ。

本を読みながら音楽を聴く。


そんなふうに

手が空いていれば、耳が空いていれば、目が空いていれば、

簡単に入れ込んでしまっていたマルチタスク。


ゆえに、ひとつひとつの体感が薄い。

効率的に思えても、

実感という生きてる感覚が薄くなる。


これを手放したら、どうなるかなぁ。


時間は倍かかるんだろうか?

体感は濃くなるんだろうか?

心は穏やかになるだろうか?


生きている実感は増えるだろうか。


これはやってみないと、わかんないなぁ。

2022/03/07

今日の体感覚

 口に入れたときのよもぎ餅の香り


噛み続けたときのやさしい甘み


歯にくっつく感触


大きく声をだしたときの胸の痛み


白湯を飲んだときの喉へのぬくもり


器を拭いたときの布のやわらかさ


猫を撫でたときの毛のあたたかさ


うたたねをするときの朧げなる意識


目をあけたときの太陽のまぶしさ


水道水を触ったときの染み入る冷たさ


呼吸をしたときの肩の脱力


未来を想うときの息苦しさと不安


過去を想うときの感情のつよさ


それらを認めるときの余裕と余白


とらわれないときの安心感




これが今日のじぶん

いまを生きていた証

2022/03/06

human beingという言葉を想う

 人間という言葉を英語訳すると

「human being」と訳されることがある。


この言葉が使われ始めたとき、

なぜ「being」を使ったのだろうか。


よく聞かれるようになった「being」。

「存在(DeepL)」「であること(Google翻訳)」と訳される。


では「human」とはなにか。

「人間的(DeepL)「人間(Google翻訳)」と訳される。


これを単直につなげてみると、

「人間的な存在(DeepL)」

「人間であること(Google翻訳)」

となる。


human beingを使い始めた人に想いを馳せる。


そして「人間」という言葉。

「人の間」と使われる人間。


「人」とはなにか。


人の成り立ちは「立っている人間を真横から見た形」である。


ゆえに人は1人しかいない。


その間を「人間」と日本では使っている。


人の間にある存在。


人の間のなかで、個の存在を明らかにする。


human beingからは、そんな主張も聴こえてくるようだ。


2022/03/05

活動の原点のひとつ。

 自分のことを知り、良さを活かせて、この世を生きていくには、

どうしたらいいのだろう。


それが、この取り組みの原点のひとつ。


自分自身を知ること。己と向き合う時間空間、支援があること。自分の探求。


自分の良さを活かせること。良さを知れば嬉しい。楽しい。その想いは波となり、さらなるつながりを広げていく。


この世に生きること。自分という個を感じて、今の自分の生を生きる。表現していく。




まずは、自分を知ることからはじめる。

自分を知るということは、深く、長いものとなる。

なので、それをしやすい環境と、力を分けてくれる存在があると、楽になる。

そういう時空が、必要だと思う。


そこでいま、わたしが探求しているものが「灯りと対話」。


"自分を知りやすくなるような空間と

向き合うことを支援する対話"



それが、活動の原点。最初の形である。


2022/03/04

在る違いを生きてつながる

 もしすべてのものが

単一のエネルギーだとしたら


なぜわたしたちは

様々な栄養素を必要とするのか


それは

わたしたちが組み合わせから

できているからだ


元は単一のものかもしれない


でも

わたしたちも

物質も

星も

宇宙も


組み合わさって

つながって

できている


単一のエネルギーがつながりあって

成り立っている


だからわたしたちはみんな違う

違いのうえに存在しているからこそ

つながりあえる


完全な真理を追い求めるでなく

在る違いを生きていく


そして違うつながりを持つからこそ

新たな星がうまれるんだ


2022/03/03

低音障害型感音難聴、レビュー

 約3週間前に発症しだしたタイトルの難聴。

せっかくのお付き合いなので、書き残しておこうかと備忘録。

ある日、片耳(右)が塞がったようになる。
まるで水の中にいるみたい。
前の日に耳掃除をしたから、
あれ、どこか傷つけちゃったかな?
なんて思っていた。翌日にはほぼ治っていた。

そうしていたらその1週間後くらいに、再び塞がる。
おかしい。耳掃除はしてないぞ。
パートナーに耳だから早めに病院に行ったらと言われ、
翌日空いていたので、これは行けってことかぁと
急遽病院行きを決める。

診察を受けたところ、聴力検査で低音領域の聞こえが悪いことが発覚。
メニエール病の前段階みたいな症状です。
(メニエール病?よく聞くやつだ。こんなふうになるのか)
めまいや頭痛はなく、片耳だけ。ずっと水のなか。

服薬をして、1週間様子をみましょう。
まじめな人がなるやつだから、ざっくり過ごしてください。
ざっくり!笑。あぁ、そうかざっくりかぁ。

思い当たる節はいろいろあった。

昨年12月からアルバイトを辞め完全個人事業主化。
天の流れとやってみたいことだったのでその流れに進んだが、
やっぱり日々
「大丈夫だろうか。暮らしていけるのか。お金は得られるのか」
ということを思い詰めていたなぁと、振り返って気づいた。

自分としては、結構キュウキュウだったのかなぁ。

そして、さらなるスローダウンを求められる状況に笑ってしまった。

新卒からニトリに入り、個人の照明工房に移り、独立してアルバイトをし、
アルバイトを辞め一人仕事へ。

どんどんスピードは落ちていく流れと、
アトリエを持ち、
「よぉしここからズンズンいくぞ!」
っていう流れも可能だったのにも関わらず、

立ち現れたのは「もっとざっくりいきなさい」という状況。

この意味は何なんだと、
宇宙のメッセージを感じようと向き合ってみた・・・。

その中身は以前の投稿で書き記した。
今明瞭なことばで語るより、感覚的なこちらのほうが的確だ。


そうして服薬を続けて過ごして2週間。
お医者から一度止めて様子をみてみようというタイミングだったので、
1日やめて様子をみることにした。

しかし、その前の晩、
思いがけず大変に思い悩んでしまい、
翌々日に症状が再登場!

あちゃー、まだだったかー笑。

症状が再発したことで、いくつか気になる点がみつかった。

薬の内容として、眼のコリや眼圧を下げるという
効果のある薬が2種類あった。

例えば画面を見続けたり、眼の奥の筋肉が緊張しっぱなしだったり。

もしかしたらそんなことが
耳のリンパに影響を与えているかもしれない、ということ。

やっぱり精神的な思い詰めが引き金になりやすいこと。

そしてその影響が身体の弱いところに出やすいこと。
(小さいころによく中耳炎を起こしていたのが右耳だ)


いろんな気づきがあるのが病気だ。
そして身体からのメッセージに気づくこと、従うことの難しさ。
それは習慣を変え、意識を変えることを必要とするからだ。

うお座の新月をむかえ

じぶんのなにが終わり、なにが始まるのか

それはこの生きるスピードと感じる深さのような気もしている。

うーむ、自分の意識と行動が変化するまで、
ナンチョウさんはまだしばらくお付き合いしてくれるみたいです!

2022/03/01

わたしの源へ

 じぶんであることを感じ

じぶんであるための選択をし続けること

世界も身の回りも
絶えず変化していくなか

この感覚をじぶんの真ん中に置いていくことは
きっとわたしの星魂を生きていくために
大切なことなんだろう

だから学んでいく
じぶんであることの感じ方を

だから挑んでいく
じぶんであるための選択をすることを

そして向かっていく
じぶんの源であるところへ

そして気づいていく
そこに距離はなく
時間差もなく
そのままの源であったことを

「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」

第4回多摩地域リエゾン会議「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」に参加してきました。 この回は多摩地域内の病院や東京都保健医療局の方々が講演者に並び、地域の医療や行政・教育機関の皆様が集まる会でした。対面では100名近く、オンラインでは500名近くの方が繋がったといいま...