2022/09/19

『石油】

かなり多くの、日本ではほとんどの人が関係を持っているのではないかと思う資源。


プラスチック、電気、ガソリン、直接は使っていなくても、

魚を獲るための船の燃料、オーガニック製品をつくるための機械を動かす電気をつくる火力発電の燃料、各地の有機野菜を届けるためのトラックの燃料、ログハウスを建てるために伐採するための道具の燃料。鶏肉の飼料を運ぶ船の燃料。ペットのごはんのパッケージ。このスマホ。


もはや、「普通に」暮らしていて、関わらないところがないように思われる。

自分を含め世の大人たち。その建前は、真を通しているのだろうか。


インテリアの仕事についていた時も、照明の仕事をしている今も、電気に少し近い関わりをしている。

どうしたらより良く電気と関わっていけるのか。

時に行き詰まり、時に忘れ、時に流されながら、この問いを抱えている。


まだ見えていない真実からは想像できないが、

この石油はいわば "過去の遺産" 。

みんな、遺産を消費しながら暮らしている。


石油というものを再生産できないのであれば、使った分だけ消えていく。地球の中にある資源とエネルギーを消費していっている。


だから、消費した分、もしくはそれ以上の、地球が回復するようにしていくことが必要なんだと思う。この星で、じぶんたちが健やかに生きるためにも、未来の子たちが安心して暮らしていくためにも。


循環。


いつか

石油がなくなったとき、わたしたちは存在を維持していけるのか。その人生の主導権を、他者に明け渡してはいないだろうか。


それには様々な測りがあると思う。すべては繋がっていて、切り口やスタートラインの問題だから。


仮に定説通り、石油が過去の生き物の遺骸であり、それを地球が変化させたものであるとするならば、

受け取っているのは存在しているものからのエネルギーであり、それは愛と呼ばれるものかもしれない。


その愛をどう意識して受け取るのか。そしてどう活かすのか。何に費やすのか。どれだけ、受け取っていることを感じるのか。


地球が回復する方法。

ぼくは、すべての存在が、自らを大切にすることから始まると思う。そしてその為に、己を知ることが必要になる。


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電気が反応し、生じる光。

人はいわゆる発光をすることはないが、光を目から受け、利用していく生き物だ。

目以外への作用ももちろんあるが、そこから影響されることが多くある。

それは身体的にも精神的にも、活用している。生体リズムに影響し、心理作用にも影響する。


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『その影響力を、他者に明け渡していないか』


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煌々とした光に囚われていないか。眩しい画面にリズムを委ねていないか。夜という闇の必要性を考えているか。


石油というエネルギーとどんな意識で関わるのか。

ぼくはそこに灯りという切り口で関わり、小さな灯りから己を知ることへ繋がり、この生きている土壌と地球へと廻っていきたいと今は思う。


石油という粒子が電気に変わる。

電気という状態が、光を生む。

光という要素を利用して、灯りに置き換える。

灯りという要素を通して、心身に響きを発する。

心身の響く要素を知って、共振共鳴が起きる。

共振共鳴をつよくして、そのエネルギーを広げる。

そのエネルギーが広がって、調和を生む。

調和が生まれて、生きものと地球と和する。

生きものと地球と和すれば、生きやすくなる。

生きやすくなれば、楽になる。

楽になれば、豊かに暮らせる。

豊かさを感じられたら、幸せだと思う。

その幸せは、粒子となって己に再び取り込まれ、巡り、またすべてとつながっていくのだろう。


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道のりは長いように思えていて、今世でどこまで辿り着くのかわからないけど、

今在るものを活かし、いまできることをやっていく。

熱意と許可

 先日通っている整体で、

「作家としての熱意が足りない」とことばをもらった。

「作品には熱意がこもっているのはとてもよくわかる。だからわたしも買わせてもらったのだし。でも、伝える部分では熱意が足りてないんじゃない?」と。


それを聞いて、思い出したことがあった。

それは中学高校のころから、どこか「自分が考えていることやこれが良いと思っていることは、他人には理解してもらえないんじゃないか。共有はできないんじゃないか。」という考えがあったこと。

そしてそれが心のどこかにまだ存在しているということだ。


そのコンプレックスともいえるものが、自分の感性への自信や勇気、相手へ伝えようという気持ちを萎えさせ、遠慮や控えといった状態にしてしまっているのではないかと。


そういうことが苦手だと思っていた。

でも苦手なだけじゃなく、自分に許可をしていなかったのかもしれない。


ものにはよく込めている自覚はある。自分の感性・哲学・大切だと思うこと・これからの人生・生きる土壌である地球について、人としての関わりについて。

みえるものもみえないものも、自分の考え、経験、感性をもとに注ぎ込んでいる。ものは、それに応えてくれる。


ただそれを人に伝える段階になると、上記のことが生じてくる。

途端に勧めることが億劫になり、自信が減ってしまう。

発信する内容も、幾分良くはなってきているが、23枚ベールにくるみながらやっていたような感覚にすらなった。


熱意。


熱意だけ伝えればいい。


それは解放でもあると感じた。


あぁ、解放してもいいんだと思ったとき、

うれしい気持ちになったのと同時に、

どこかそれを待ち望んでいる自分がいるように感じた。


この命を生きるならば

ぼくは自己を解放してあげたい

十分に発揮してあげたい


そう感じたひとときだった。


だからこれからは、そんな解放をしていきたいと思う。

この投稿すら自分にとってはチャレンジングだ。

どう言動が変わるのか、強調されるのかはまだよくわからない。

人にどう伝わるのか心配を少し感じるが、

でもそれが己であるから、後のことは仕方のないことかもしれない。


許可をだす。熱意や己を解放することに。

ぼくは自分の感覚が好きだし、自分の経験を尊いものだと思っている。

そこから生んだ作品たちは、自分の分身のように愛情が湧く。


己に、己の感覚に、感性に、経験に、思考に、判断に

嘘はつかせたくない。


どこかにそんな気持ちを感じたから、安定の企業を辞め、小さな筏でこぎ出したんだろう。

そうなった。そう受け取ってきた。流れの中から。選んできた。


ちょっとやってみる。

この生命に許可をだそう。

2022/07/19

いまあるものを、いかす

 いまあるものを、いかす


これまでいろんな場面で

夢をみたり、憧れたり、想いを描いたりして

旅に出たり、ネットを眺めたり、買い足したり

していたと思う


それはもちろん

何かを掴むときもあれば、感じることもある

出逢うことも多いし、迷いが消えるときもある

それはこれからも変わらないだろう


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いまあるものを、いかす


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これは、出発点の話


足るを知るとも少し違う


いま、じぶんの中にあるもの

いま、すでに周りにあるもの

いま、このせかいにあるもの


からだ、こころ、いのち

感性、能力、発想

過去に買った材料、冷凍庫にある食材

目の前にいるひと、巡り逢ったどうぶつ


水、空気、土

陽射し、風、雨

花、虫、木


何が足りないのか

何が足りないと思っているのか

思わされているのか


快適、便利、速さ


とても魅力的に映る


そして

それとともに置き去りにしているものは

いったいなにか


いまあるものを、いかすことを

ひと息ついて周りを見渡すことを

抱きしめて温度を感じることを


その想像を

その時間を

その体感を


そのバランスを

その調和を


受け止める

感じる

理解する


右脳と左脳をつかう


ひとには、それぞれひとつずつある


思いもしなかったことが

舞い込むときもある

そこにも

そんなことを舞い込ませたもの

もあるし

舞い込ませることができるじぶん

もある


絵だって描ける

踊りだって舞える

小屋だって造れる


それを否定するのは

評価だったり、比較だったり、正解だったり

得意とか苦手とか


それはいつも必要なことではない

必要なときに、使えばいいもの

いつも、それに左右されなくてもいいもの


そこには、いつもある

小さく思えたり、大きく思えたり

するときもある


見えなくなったり、埋まってしまったり

するときもある


選ぶことができる

気持ちや、思考や、意識を

選ぶことができるんだ


いま欲していることは

ほんとうにないものなのか

欲していることの奥には

何を望んでいるのか


惑わされていないか

幻想に囚われていないか


いま自分がもっているものはなにか

いま自分に備わっているものはなにか


あるものを、愛する存在のように

その眼差しを、その抱擁を


いまあるものに、向けてみたら

いまあるものに、伸ばしてみたら


あなたと

せかいと


どんなハーモニーを

奏でることができるだろう

2022/06/17

関係性の距離

 初めて泊まるペンション。ご挨拶程度の会話。

素泊まりで1泊する。とくにふれ合いもなく過ぎる。
2日目。夕食プランをいただく。ごはんの内容や美味しさ、地のもののことなど、いくらか話をする。お互い笑顔がでて、自分の話を少しする。
3日目、チェックアウト。背が高いねぇ、男前だねぇなんて言われる。息子さんの話とか出てくる。次のところまで送っていってあげるよなんて言ってくれる。車内でも、旅行の話なんかする。またおいでねって、言ってくれる。
あー、そうだよね。人間ってこうやって、距離を近づけていくよね。
システマチックな対応やマニュアルのある態度も、もちろん嘘ではない。気持ちを込めようという意思がある。
でも、この距離の近づき方って、なんだか人間らしいかんじがした。そうやって、ちょっとずつ、必要なところからつながっていくんだろうな。

それを感覚で飛び越えてくるのが動物たち。
写真は、出会って1時間後の猫先生である。

そんな阿蘇の旅。

2022/06/12

あらしのあとのいるまがわ

 雨が降る、川嵩が増す

雹が降る、車が傷つく
風が吹く、草がなびく
陽が照る、地面が乾く
水を飲む、喉に流れる

そりゃそうだよなって思う
そんなものだよなって思う

実はそんなものだらけなんじゃないか

事実はそこにある
真実はそれぞれにある

ミクロの世界も
マクロの世界も

一羽飛んできた鴨が
川に着水したら
草陰から2羽現れて
一緒になって飛んでった

きみたち友達だったのか
それとも家族

あぁ、今日も愛らしい世界がここにある

2022/06/10

【感音型低音難聴・耳鳴り変化記録】

 ここのところ薬も飲まず、耳鳴りも時折ある程度だったのだが、おそらく昨日の行動により悪化。

その経緯を記録。検証。

・日中パソコン、スマホ仕事をする
・外部とのやりとり多かった
・ほどんど座っていた
・肩、首、肩甲骨あたりのコリや硬さを感じる
・夜22時〜23時に再びパソコンに向かう(これは最近避けていたこと)
・眉間、目のまわりあたりにコリを感じる
・寝つけなくなる
・寝るのを諦めて、ベッドの中で2時までスマホで探し物をする
・ちょっとお腹が減りだす
・枕のフィット感にいつもより違和感
・翌朝右耳が詰まる
・右肩辺りのコリが強まる(マットレスの影響もあるかも)
・指をフリックする右手、右手首あたりに重さを感じる
・胸、胸と肩の腱あたりも硬さを感じる

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この経験から、自分の場合、目・胸・肩・肩甲骨の強張りや緊張か来るものが大きい可能性があることが、やっぱり浮き彫りになってきた。

作業時の姿勢、ほぐす時間、上半身のケア、ストレッチ、スマホの使用量、まばたきの回数、目の弛緩、血流を流すための運動、首の位置、力を抜く意識、呼吸、朝の起きる時間

そんなところが影響するかも。

単に肩や腕をまわしたり、鳴るようにストレッチしたりではあまり効果はなさそう。もしかしたら何かを助長しているか、的を得切れていない行為である可能性あり。
首の状態は結構気になる。首の位置から首回り、胸、腱、二の腕あたりに波及している気がする。

ただ、下半身への感覚が現れてこないことも気になる。人間はバランスだから、そこの何かに調和がとれていないこともある。姿勢とか運動かなぁ。

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ひとまず再度悪化したことで、前日の行動の要因がわかったかもしれない。

気をつけるとこを気をつけてみて、実証!実験!
またよろしくワタシのカラダ!

2022/06/04

スペースとspace

 〈リフレクションジャーナル〉


余白を感じるワークの中で

胸の真ん中に
丸いスペースを想像したとき

描いたのは暗闇のスペースだった

それは夜空のような
または宇宙のような

黒くて丸いスペース

そんなことを感じていたら

あれ
余白って「白」って書くのに
自分は「黒」を描くのか
と思った

今が夜だからなのか
部屋の電気を消していたからなのか

白を思い浮かべるより
黒の方が居心地がよかった

白に自由に描くより
黒に必要なものを足していくような

今はそういう心境なんだなぁ

そんな時間のなかに
"スペースを感じる"
という声と言葉が聞こえてきた

あれ

スペースって
なんだっけ

余白?
空間?
宇宙?

そう思うと
空間も宇宙も
どっちもspaceだったな

この言葉を初めに作った人は
"space"というものに
なにを感じていたんだろう
なにを込めていたんだろう


なんだかいろんなことを想像する

想像と意識

きっとそれがひとつで
それがすべてなのかもしれない


「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」

第4回多摩地域リエゾン会議「児童・思春期の自傷・自殺企図にどう向き合うか」に参加してきました。 この回は多摩地域内の病院や東京都保健医療局の方々が講演者に並び、地域の医療や行政・教育機関の皆様が集まる会でした。対面では100名近く、オンラインでは500名近くの方が繋がったといいま...